貧しかった幼少時代

私は1948年4月22日に福島県で生まれました。

小学校3年生の頃から家計の足しの為、新聞配達のアルバイトをやっていました。

 

雨の日も晴れの日も、昔の田舎道ですから、足場は本当に悪く、それでも子供ながらに一生懸命やっていました。

この経験が、後の自分にとってとてもいい経験だったのは間違いありません。

 

中学校3年生の時、指物大工をしていた父親が機械での事故の為、指を怪我してしまい、一家6人を養う為大工工を手伝う事になりました。

 

「お前は何もできない」厳しい父親にそう言われ続けながら、ノミの刃の角度から何から何まで仕事に細かくうるさい父から学びました。また父はかなりの弟子を育て上げていたので、その兄弟子の技を目で見て学んでいきました。

 

2年も経つころには箱物、建具~家具全般が出来る様になりました。100枚あったら、100枚のやり方があるという兄弟子の教えに共感し、作ることの大切さ、楽しさ、たくさんのことを学ぶことが出来ました。

 

ボストンバッグ2つ持って上京

20歳になった年、東京へ出てしっかり勉強をしよう!と、自分がどこまで出来るか1からの出発を決めました。

 

その年の大晦日。

子供の頃から苦労をしてきた自分のことをみんな知っていたので、手ぶらだった自分に、ボストンバッグ2つ分の衣類を持たせてくれたり、本当にみなさんの温かい心に後押しされて、東京へ旅立ちました。

 

上京後は、砂町にある工務店にお世話になりました。

子供の頃からの数々の経験。父親、兄弟子の下での修業の日々。

また、もともとの手先の器用さから、出来ないことはない、

また仕事は早いと評価をいただけるまでに成長しました。

 

池田工務店誕生と変わらぬ思い

その後、船橋の飯山満にて独立。一からこつこつと、朝早くから夜遅くまでたくさんの仕事をこなし、何とか少しずつ仕事を頂ける様になりました。

 

船橋の芝山(現住所)に移り住み、腰をすえてやろうという事で今年で36年。

今は専属の大工も8名ほどおり、自分も時間があれば誰現場かまわず手伝いに走っております。

よくお客様に、「親方さんもやるの??」と聞かれますが、もちろんやります。

 

地域を愛し、愛され、現在の池田工務店は存在しています。

 

機能的で住みやすい家をお客様と相談して、お子様からおじいちゃん・おばあちゃんの代まで、みんなで考える。

人任せにはせず、子供達にも積極的に参加させる。

例えば壁紙はどうするかなど、専門の提案はもちろん致しますが、

それ以上にたくさんの意見を言って頂きたい。そのような意見交換があって、いい家造りが出来ると確信しております。

 

大手住宅メーカーも、うちでもやってる事は一緒だと思います。

 

常に工事がスムーズに行えるよう連結の取れた職人達を工事管理し、精度の良い家造りを行う事が出来る。

また、建てた後何年もたって、その時の担当者が居ない等、何かあったときの対応の早さにも自信がある。

それが我々工務店の強みだと考えております。

 

これからも「地域に寄り添える工務店」を目指し、一歩一歩進んでいきますので、今後も応援を宜しくお願い致します。

 

株式会社池田工務店 代表取締役 池田豊